はーみんの永い言い訳

【2018年5月25日〜】

Never Ending Story

 最後の記事から2年ものブランクが空いちゃった。その間,私って何をしていたのだろう。やっぱり,2年ぶりに,そして2020年一発目の記事といったら,Iの話をしなくちゃ。

 

 

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 人の愛し方を,あなたは知っているのだろうか。

 私は,ちょっとだけ,わかるな。それは,多分わかったんじゃなくて,教えてもらったという言い方のほうが,あっている気がする。

 

 「ハーミンって韓国人なの!?」

 いかにもバカっぽい喋り方だと思った。北千住駅の喫煙所でIを紹介してくれた先輩Sとタバコを吸っていたときに,とんでもなくでかい声で彼は聞いてきた。うるさいなー,声がでかいよIちゃん。Iと会うのは,その日で2回目だというのに,なぜか馴れ馴れしい口調で,私はIのことを呼んでいた。

 

 「あいつバカなんだよー」

 Sさんは,Iのことを,いつもバカバカ言っていて,もちろん愛があって言っていたのだろうけど,たまに言い過ぎなんじゃないかと,気を使うことがあった。とにかくSさんから何回も聞かされたIの逸話が一つあって。

 「いやー,俺がさー,ストロングゼロ3缶飲んだっつったら,『ストロングゼロ3缶飲んだら1缶9パーセントあるから,27パーセントやん!!お前酒強くなったな!!』って言うんだよ。ほんと,バカだよなー」

 

 それでもIは,私からすると,とってもセクシーな男だった。VネックのTシャツに薄手の黒いテーラードジャケット,そして細身シルエットのスラックスという,いかにもホストっぽい格好がよく似合っていた。彼とは新宿でよく待ち合わせをしていて,会うたびに彼は,「早稲田の人って新宿で待ち合わせすんの好きだよなー!」と言っていた。すると毎回私は,答えに迷った末に,「そうかもね」と合わせていた。切れ長で,一重まぶたの目は,異様に光っていて,その目を覗くとたまにぞっとすることもあったけど,そのまっすぐな目がすごく好きだった。この人はきっと嘘が下手なんだろうな,そう思いながら彼を眺める。

 

 お洋服以外にも,色恋って言葉がよく似合う男だった。

 女の子との駆け引きの仕方だったり,女の子の喜ばせ方を,Iは本当によく知っていた。Iには当時,私以外にも付き合っている女性がいて,そのことはとっくに私にバレていた。どうしてわかったかというと,彼の家に長い髪の毛が,本当にそこら中に散らばっていたから!(嘘が下手なのにもほどがある!)その時の私は,もう不幸な恋愛には興味がなかったので,いい加減Iに別れを告げようと,タイミングを見計らっていた。

 そして,この日なら話せると,心に決めた日がやってきた。バイトあがりの私を彼が迎えにきたので,一緒にイタリアンのレストランに出かけることにした。私はゴロゴロにゃん助という,アホらしい顔をした猫のキャラクターが大好きで,そのことを彼には伝えていた。

 「ハーミン,そこの,それ,ちょっと登録してみて」

 居酒屋とかによくある,卓上の立て札(?)を指差してIが言った。

 「え?これ?」

 「そう,それそれ。ライン登録したら,ワンドリンクただだって。それ登録してよ」

 ドリンクなんて頼んでないじゃない,私はキョトンとしながらも,彼のいう通りに登録をしようと,手のひらサイズの立て札を持ち上げる。すると,裏に何かが挟まっている。

 

 「あれー!ゴロゴロにゃん助さんからプレゼント届いてるー!」

 高くて,明るくて,独特の,本当に悪いけど,ちょっとバカっぽい声。立て札に挟まっていたのは,私の大好きなキャラクターの絵が入っているハガキだった。いつの間にテーブルの上にはゴロゴロにゃん助の絵柄の入った手提げ,そして何枚かのシールが置かれている。きっと私がお手洗いに行っている間,セットしたんだ。よく見ると,村里つむぎ(ゴロゴロにゃん助の作家さん)さんの直筆じゃない?

 

 「なにこれ」

 私って,喜ぶのが下手だから,ありがとうより先に出てきたのが,この得体のしれない絵葉書が,どこからやってきたのかを聞く,尋問のような言葉だった。Iは絶対答えてくれないし,にゃん助さんからのプレゼントだとしか言わない。あとでツイッターから調べたら,岡山でサイン会をやっていたらしい。そういえば,この前,突然Iと連絡が繋がらなくなって,しょんぼりしていた日があったな。これをもらうために,岡山まで行ってたんだ。もちろん嬉しかったけど,なんとも言えない,すごく複雑な気持ちになったので,その時ふと出てきた言葉が,「本当バカだね,あんた」だった。別れようとか,もう会うのは終わりにしましょうとか,言えるはずもなく,家に帰った私は,その馬鹿げたハガキを,ドレッサーについた鏡の縁に,一番好きな色のマスキングテープで貼っておくだけだった。私が彼に教わった愛の仕方がどんなものだったか,ダラダラと長く説明することもなく,「盲目」のふた文字に尽きる。

 

 

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 そんな彼は,ITビジネスで莫大なお金を稼いだらしかったけど,それが法のグレーゾーンで儲けていたようで,こんな仕事早くやめてしまいたいと言っていたらしい。ちょうど私と出会った頃,経営していた会社の売却が決まって,これからは個人投資家に転身し,世界一周の旅に出ると言っていた。

 

 Iには悪いけど,正直,意味がわからないと思った。英語を喋れるようになりたいとも言っていたけど,英語が喋りたいなら,韓国の英会話スクールに通ったほうが一番手っ取り早いのでは?とか思ったりして。言わなかったけどね(書いてるけど)。とにかく,私の目にはなんの目的もない,ただの金持ちの自己実現(だから何を実現させるの?)のように写ってしまった。だけど,当時の私はIが大好きだったし,離れたくないと思ったので,うまいこと連れて行ってもらうことになった。大学院は休学状態だったけど,研究室の人たちがとにかく嫌いだったのでほぼやめたようなもんだったし,かといって何かやりたいこともみつからず,ひどく混乱していた時期だった。親にはずっとお前は何を考えているんだと怒られる一方で,逃げるところが必要だった。

 

 まあ,要するに,都合が良かった。都合よく旅に出られるようになったので,この旅に何か名分を与えよう,私はそう思った。だから「自分探し」という,またいかにも都合の良い言葉で自分の行為を正当化し,満足して,ハワイに旅立った!しかし,そこで私はとんでもない事実に気がついた。私って,男に媚びるの,下手くそ!何から何までお金を出してもらっているくせに,文句は言うし,旅がつまらないと泣いて喚いたりもした。節約もせず,化粧品なんかもバンバン買って,しまいには病気になり,医療費の高さで悪名の高いアメリカの地で何度も病院にお世話になるという奇行を成し遂げた!

 

 

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 それでも彼は優しかった。ラスベガスでは,散歩に出かけようなんて言って,私には内緒で予約したショーをサプライズで見せてくれた。ロサンゼルスでは,博物館でもらった小さなぬいぐるみを無くして落ち込んでいると,全く同じぬいぐるみをどこかでみつけては,知らぬ間にリュックにつけておいたりもしてくれた。なのに,私はその生活にこれっぽっちも満足できなかった。結局,私はIに完全に呆れられて,韓国に帰らされた。私は,このままじゃ気が済まないから,ヴィトンのバッグをねだったりもしたけど,なぜか正気を取り戻して,「やっぱりバッグいいや。別れよう」と,彼に別れを告げた。

 

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 どう?王子様とお姫様が,結ばれて,幸せに暮らしましたとさ,とか,そんな話を期待した?多分,ハッピーエンドだったら,こんな記事は書いていない。世界で一番美しい恋をしているつもりだったのに,私の中にあったのは,美しくもなんともない,ドロドロで,なまぐさくて,醜くて,それであり生そのものの,「欲望」だけだった。羊膜嚢に包まれたまま誕生した胎児のように,自分が生まれたことにも気がつかず,与えられっぱなしの養分を求め,自力で息をすることが,怖くてたまらない。そもそも,男で自己実現しようとした女に,ハッピーエンドなんてあるのかしら。

 

 

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 その後の私は,お金のない暮らしが嫌だったので,塾講になり,なぜかよくわからないけどカリスマ講師として売れるようになった。私はずっと日本で接客のバイトをしていたし,臨床心理学の研究室で学んだカウンセリング術をうまく利用することもできて,自分が人を相手にする商売に長けていることに気がついた。最近は,「留学コンサルタント」という体裁のいい事業まで起こし,いまや仕事もだいぶ軌道に乗ってきたところ。

 

 お金ってその気になって稼ごうと思えば結構簡単に稼げるもんだった。Iがよく話していたことは,この世には金の流れる金脈ってものがあって,その金脈をちょいと動かし,自分のところに流れるようにすればいいんだということだった。仕事をしているときは,なんとなく,Iだったらこんなことを言うんだろうな,こんな接客をするんだろうな,こんな風に事業を広げて行くんだろうなと,もう私のそばにはいないIをずっと真似していった。一時も彼のことを考えていないときはなかった。彼に会ったら,「あの時のどうしようもないクズが,こんなに成長したんだよ」と,そう伝えられる日が来ることを願って,がむしゃらに仕事をこなしていた。

 

 けど,後から先輩のSさんから聞いた話によると,彼は私と別れてすぐ,可愛い彼女を見つけ,髪の毛を緑に染めて,彼女のことをハニーって呼んでいるらしかった。あ!私のことも,ハニーって呼んでた!Sさんにそういうと,「キモい」の一言で返された。

 

 そんなこんなで,猫二匹とのタワマン暮らしにも飽きてきた頃,ヨーロッパに留学をしていた友人Tが日本に帰るという連絡をもらう。彼女に会いに日本へ行くついでに,大好きなアーティストKにも会えることになった。もうIに会いたいなんて思ったりはしないし,私は何か,燃え尽きたような感じになっていた。私のこの2年間が,A4用紙4枚にまとめられることに対しても,正直なんとも言えない虚しさを覚える。

 

 空っぽ。

 私は空っぽになった。恋愛って,男って,そんで女って,こんなもんか。がっかりを3周ぐらいして,晴れやかな気分にもなりそうなのに,なんだか生きる動力を失い,書く力しか残っていない。どこかマシーンのように日々の仕事をこなしているけど,もう自分がどこに向かえばいいか,正直わからない。夢に描いていたおとぎ話のようなことは,少なくとも私の世界には,存在しなかったから。

 

 ここんところ,ものすごく生きやすくなったと思っていた。それは確か,Iに教えてもらった通り,社会に順応し,この世に流れている金脈を探しては,ちょいと自分のところに流すって作業をしてからのこと。私はバイリンガルだから,この才能を金に変換するために,通翻訳の専門家になろうと思った。あと,韓国では通翻訳大学院に通っていることはかなりの名誉で,父に強く勧められたということもあり,大学院の受験をし,倍率の高さで名高い学校に,わずか4ヶ月ぐらいの受験期間で受かることができた。お金をちゃんと稼ぐようになり,それっぽい肩書きもできて,父が望んでいた大学院に合格してから,親にはまた可愛がられるようになった。器用で,多才な人だと,我ながら思う。

 

 にもかかわらず,自分は弱いから,社会に順応したんだと,勝手に思っていた。アグレッシブに歯向かった先に,貧困で惨めな生活が待っていて,私は死んでも体は売りたくなかったので,女の子ができる一番手っ取り早くて賢い選択(金持ちと結婚して専業主婦になろう)をしようとした。結果うまくいかなかったわけだが,これって,結局のところ,不特定多数の男に身を売るか,一人の男に身を売るかの,どっちかの選択にすぎなかったと,いまでは思う。私が弱いからそうするしかなかったのか,強いからできたのか,もう正直わからない。

 

 熱海の真っ青な空の下で会えたアーティストのKには,私の強いもの・弱いもの論がよくわからないと,そんなもん一度も疑ったことがないのか,問い正された。だけど,あなたって結局のところ,男なのよ。身を売らねばならないという恐怖を感じたことのない生き物に,考えを疑えだのなんだの,軽々しく言われたくはない。

 

 私のおとぎ話は,蓋を開けてみたら,ハッピーエンドのクソもかけらもない,Never ending storyだった。そう言えば,Iとチェジュ島を旅行していた時,借りた車のラジオから流れていた曲のタイトルは,「Never ending story」だった。彼はその曲をものすごく気に入っていて,韓国語の歌詞を適当に真似て歌っていた。それを助手席に座って見つめている私は,結構幸せだったかもしれない。

 

 

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손 닿을 수 없는 저기 어딘가 오늘도 넌 숨 쉬고 있지만

手の届かない遠い彼方 今日も君は息をしているけど


너와 머물던 작은 의자 위엔 같은 모습의 바람이 지나네

君と腰掛けていた小さな椅子の上には同じ姿の風が吹いていく


너는 떠나며 마치 날 떠나 가듯이 멀리 손을 흔들며

君は去り際にまるで僕を離れていくように手を振り


언젠간 추억에 남겨져갈 꺼라고

いつかきっと思い出に残ると


그리워하면 언젠간 만나게되는

想い続ければいつかまた会える


어느 영화와 같은 일들이 이루어져 가기를

映画のようなことが起きますように


힘겨워한 날에 너를 지킬수 없었던

辛かった日に君を守れなかった


아름다운 시절 속에 머문 그대이기에

美しい思い出の中の君だから